屋根裏ハイツ 再建設ツアー『とおくはちかい(reprise)』『 ここは出口ではない』中村大地インタビュー
2019年7月に開催された利賀演劇人コンクールでチェーホフ『桜の園』を上演し優秀演出家賞一席を受賞した中村大地。同じ7月には『ここは出口ではない』で京都の劇場・人間座が主催する第二回「田畑実戯曲賞」も受賞し、中村は演出・戯曲の両面で高い評価を得ている。この夏、中村の主宰する屋根裏ハイツは受賞作である『ここは出口ではない』とその前作『とおくはちかい』を携えて三都市を巡る再演ツアーを予定している。
▼再演ツアーという選択
中村 『ここは出口ではない』が終わったときに、『とおくはちかい』もリビングのひと部屋を舞台にした作品だし、同じセットでやったら面白いんじゃない? っていう話が出たんです。どっちも、あけすけに言えば評判も悪くなかったし、自分たちとしてもそこそこ手応えがあった作品だったので、まとめて自己紹介的なものとしてやるつもりで今回の再演を企画しだして。タイミングよく『ここは出口ではない』で戯曲賞をいただいて京都で上演できることになったり、仙台も劇場にお声がけいただいたので、そしたら三都市でやれるなというのでツアーを組んだっていう。
再演をすることにしたのは、劇団を続けていくには毎年新作を作り続けるのはしんどいと思ったということもあります。どんなにできても1年に1本がいいとこだろうと。再演と新作とを繰り返して劇団をやっていくというのが一番いいルーティーンなんじゃないかと思って、それを試しにやってみようというところです。
—— 今回、『とおくはちかい』は「(reprise)」として改稿されたバージョンの上演となっています。
中村 2017年の初演のとき、僕はまだ仙台に住んでいました。『とおくはちかい』は東日本大震災のことを書いてるんですけど、作中では地震を火事と置き換え、それから「3.11.」っていう言葉も出てこない。そういうふうに書いたのは、仙台でやるにあたって地震の話を直接出してしまうと、その日の記憶が強く思い出され過ぎてしまうという感触があって。
東日本大震災の直後は、東京もそうだと思いますけど、仙台も「3.11.もの」と言われるような作品がいっぱいあったんです。でも、日付を出されると自分のその日の記憶が戻ってきて、物語の世界に全然入れないということが自分の体験としてあった。『とおくはちかい』は「その日」から半年後と10年後の話なんですけど、ちょっと距離をとりたかったんだと思います。
今回、東日本大震災からもうすぐ10年というタイミングで再演することを考えてみて、時間の経過ということもありますけど、他にも様々な災厄が起きている状況で、ただ地震を火事に置き換えたところで……という気持ちがあって、改めて地震に戻して書き直したいと思いました。今回の出演者のひとりが、津波の被害も少なからずあったところに住んでいた人で、彼の話も聞きながら今回は書き直すことにしたんです。
▼話を聞くこと
—— 両作品について作り手としても手応えがあったというのはそれまでの作品とは何かが違っていたということでしょうか?
中村 『とおくはちかい』からそれまでの作風と全然変わってるんです。それまでは客席に向かって喋ってましたから。チェルフィッチュが好きで、劇団の立ち上げから2回の公演はどう見てもチェルフィッチュっぽかった。自分でも当時を振り返ってコピーバンドって呼んでます(笑)。
それで、その次にギャラリーで上演した『再開』が民話を題材にした作品だったんです。岩手県の西和賀に1ヶ月合宿に行くプログラムに参加したことをきっかけに作った作品で。民話を下敷きに5分から10分ぐらいの短い1人語りの作品を何本か書いて、それをまずは俳優3人にそれぞれ3本ずつ覚えてもらい、僕はそこに演出をつけました。それから、Aさんが覚えた3本をBさんに口伝で伝えて、Bさんが覚えた3本を……というのを繰り返して、誤差もありつつ全員が全部の話を覚えてるっていう状態にしたんです。それで本番は3人の俳優が話したいと思った話を順に話していくっていう。最後だけは一応決まってて、喋る向きとか喋り方とかは自由、なんなら同じ話をしてもいいみたいな作品をやったんですね。
そのときに民話をリサーチしていくなかで知ったのが、「良き聞き手がいなくては、語りはうまれない」ということだったんです。別の話者に引き継ぐというのもそうだし、話をする空間でも、聞き手がちゃんと反応してあげないと、話してる側も不安になる。お客さんが見てられるかどうかも聞き手の反応で変わってくるとか、語る、話すという行為は、聞き手と語り手の相互作用なんだということを実感することができました。、後は、仙台だと実験的な作品を上演していても、難しいねで終わっちゃうことも多かった。演劇を見る人口がそもそも首都圏と比べて圧倒的に少ないので。それで、美術とか音楽とか別のジャンルの人と友達になったりもするんですけど、そうするとそういう人に見に来てもらったりするときに、もっとシンプルなものでもいいはずっていう気持ちもあって。メンバーの渡邉時生からも、もうそろそろちゃんと会話劇やったら? と言われて、本当にシンプルな会話劇ということで『とおくはちかい』を書くことになったんです。
—— 「シンプルな会話劇」ということですが、初めての関東公演となった『とおくはちかい』の初演では、作品の完成度と合わせて、とにかく俳優の声が小さいということでも話題になりました。「聞くこと」にフォーカスが当たっているという意味では『再開』と連続性があるようにも思えます。
中村 『とおくはちかい』は稽古場が8畳くらいの狭いところで、そのサイズに合わせてずっと稽古してたんですよ。公演会場の10-Boxは最大80席くらいなんですけど、実際にそこで通してみると「この小ささでわかる?」みたいな感じになったんで、声をちょっと大きくしてみたんです。そしたら面白さが半減してしまって、やっぱりあの声の大きさのままでいこう、ってことになったんです。もちろん不安でしたけど、やってみるとお客さんが頑張って聞きにいく。そうするとだんだん聞こえてくるんですよ。これはすごいと思って。だから、最初はもう本当に偶然から。最初から劇場や広い稽古場でやってたらこうはならなかったと思います。
エピソードトークとダラダラしたおしゃべりが交互に来るみたいなのが僕の書いている戯曲の基本の構造なんですけど、エピソードと言っても話している人にとって特に大事な話でもない場合もあって。想像をしてもらうフックみたいなものはたくさんあるんですけど、それをお客さんに聞いてもらうときに、聞き手側がテンポ良くうんうんとか言って理解しちゃうと、お客さんはその想像の中に行けなくて、2人がただ会話してるなっていうとこで止まっちゃうんですよね。
だから、わかったよみたいなリアクションは聞き手にそこまで取らないでもらう。代わりに何をしてるかというと、ぼんやり考えるみたいなこと、相手の言葉を反芻して受け止めるみたいなことをする。稽古場で話し手の俳優と話しているのは、自分の目の前にいる聞き手の俳優が理解するより、ワンテンポぐらい遅れてお客さんは理解するということなんです。水滴がポンと落ちたら波紋が広がる。その波紋が広がるのを待った方が想像も広がる。そうするとちょっと遅れながら喋るみたいになるので、それでああいう感じになるというか、だんだん静かになっていくっていう。
それから、お客さんに直接語りかける方法には暴力性みたいなものがあって、観てるこっちは別に聞きたくないよみたいな気持ちになったりもするから、けっこう疲れますよね。この暴力性を無視したくないし、使うならあえて使うものとして取っておきたい。聞き手を舞台上に置いちゃえば、それが緩衝になって語られてることがすっと頭に入ってくる。そういうことを考えるようになったのは『再開』で民話の語りみたいなことをやったのが大きいです。
あとは声が大きくなると、怒りとか悲しみとかのニュアンスが乗りすぎちゃう。乗ってない方が観客は想像できるので小さい声を使っているところもあります。だからうちは稽古の休憩中が一番うるさい(笑)。
▼オンラインと演劇
中村 今回、4月から集まって稽古するスケジュールになっていたんですけど、それができなくなった。当時は劇場でやるのが無理になるかもしれないという感覚もあって、でも何かやりたいなとは思ってたんです。
それで『ここは出口ではない』のオンライン版をやってみようということで、5月に『ハウアーユー』という短いライブカムパフォーマンスを作ったんです。もしかしたら再演ツアー自体をオンラインでやるかもしれないということもあったので、それに向けた準備として。90分の作品をいきなり作るのは難しいから、30分ぐらいの短編でお試しという気持ちもありました。
稽古をやっている感覚としてはほぼ変わらなかったです。こちらからの指示も俳優の受け応えもあまり変わらなかった。テンポも、もともとそんなにテンポよくしゃべらないからか、気にならなかったですね。もしかしたら俳優は気になったかもしれないけど。
再演ツアーの稽古もオンラインでやってみて、劇場に向けた稽古も一部なら、例えば読み合わせとかはオンラインでできるなと思いました。だけど俳優は、会話が全く覚えられないって。エピソード自体は覚えられるけど、その周辺の流れとかは直接会って話さないと無理だって言ってて。それはやっぱり部屋でしゃべるシチュエーションの作品だからだということもあると思います。『ここは出口ではない』は2人が喋ってるときに別の1人がボーッとしてて、それで思いついたことをしゃべるみたいなところがいっぱいある。言葉じゃないところもきっかけとして拾ってきてるから、それがないオンラインだと稽古は難しい。Zoomだと誰に向かってしゃべってるのかの振り分けもないし。もちろん今はもう劇場で稽古してるので、やっぱりオンラインと比べると情報量が圧倒的に多いのを感じています。
『ハウアーユー』の場合はたぶん、オンラインのやりとりだという前提で書いてるからできたと思うんです。そういう前提があれば、形式が変わっても自分たちのやっていることは基本変わらないんだと思えたのはよかったですね。
▼演出家として
—— 中村さんは屋根裏ハイツでは作・演出を兼ねていますが、利賀演劇人コンクールでは『桜の園』を演出して優秀演出家賞一席を受賞するなど、演出家としても評価を得ています。
中村 演出家としてはこれまでもせんだい短編戯曲賞の関係でキュイの綾門優季くんや幻灯劇場の藤井颯太郎くんの戯曲も上演してきました。大学時代はクライスト『こわれがめ』とか古典もやっていましたし。全部現代コントみたいに書き換えてたんですけど。他にもパラドックス定数の野木萌葱さんの『5seconds』という作品をやったり。
演出だけをするときは、与えられたテキストに自分の知識と演出としての技術を当てはめる、作業的な感じに近いかなと思います。屋根裏ハイツでのクリエーションのときは、たとえばダラダラしたおしゃべりというのを戯曲の時点で制約として設けてるから、そこが変わっちゃうと前提から変えないとできない。だから他の人の戯曲を演出するときは、自分が作・演出を兼ねるときはやらないようなこともします。音楽をかけたり、照明もバンバン変えたり。もちろん戯曲によりますけど、ナチュラルな演技を捨てることもある。
シアターコモンズでやった『正面に気をつけろも』もそのラインと言えばそうですけど、そもそも戯曲の描いているものが自分の関心と重なっていたところもあって。参加者自身が指示書に従って戯曲を声に出して読むリーディング・パフォーマンスという形式だったんですけど、そこでの指示は想像力を起動してもらうということ、聞くことと語ることにフォーカスしたものでした。そもそもリーディングだからというのもあるんですけど、あれはかなり自分の作品でやってることに近かったと思います。
会場に集まるかたちで開催できていたら、参加者には「群衆人間」(※『正面に気をつけろ』の登場人物)、つまりマジョリティの側に立つということをやってもらいたかったんですよ。マジョリティの側に立って他の登場人物に罵詈雑言を投げかけるような体験をしてほしかったんですけど、それはできなくなってしまった。それで逆に参加者には群衆人間以外の登場人物の側に立ってもらって、罵詈雑言を受け止めてもらうかたちにしました。
自分は劇作家寄りだと思っているので、他の人の戯曲の演出を自分で、劇団で主宰してやりたいとはそこまで思わないんですけど、松原戯曲はまたやってみたいと思っています。
▼今後の展開
中村 もともと来年の2月にやろうとしていた企画があったんです。『私有地』(2019年11月)ではじめた「加害について」のシリーズの第二弾ということで、高齢化社会をテーマにした作品を考えていました。
日本が超高齢化社会になっていくときに、今の厚労省の方針だと、高齢者が出来る限り住み慣れた地域で生活できるように地域で見守ろうっていう方針があって、それは介護の担い手が足りなくなるだろうからということもあるのだと思います。そうすると、徘徊老人とか、よくわからないけどウロウロしている人とかが近所にいっぱいいるみたいなことが日常になる。それって個人的には何か悪くない感覚があって。一方で今現在、日々の生活の実感としてはそういうよくわからないものを排除するような空気が一方で高まってきてもいる。それで、たくさんの人がウロウロしてたりするとかってことを何か肯定的に受け入れられる世界、ある種の理想郷的な世界を書きたいと思ってるんです。加害について考えるというのは、暴力的なものそのものを書くということじゃないんじゃないかと思いはじめていて。状況によっては本公演というかたちではないかもしれないし、台本だけ先に書くということもあり得ると思いますけど、そういうことを次の作品では描きたいと思っています。
公演情報
屋根裏ハイツ 再建設ツアー 『とおくはちかい(reprise)』『ここは出口ではない』
『とおくはちかい(reprise)』
作・演出:中村大地
出演:三浦碧至、渡邉悠生(仙台シアターラボ)
『ここは出口ではない』
作・演出:中村大地
出演:佐藤駿、瀧腰教寛、宮川紗絵、村岡佳奈(屋根裏ハイツ)
東京公演 :7月23日(木・祝)― 8月2日(日)こまばアゴラ劇場
京都公演 :8月28日(金)― 8月30日(日)人間座スタジオ
仙台公演 :9月18日(金)― 9月22日(火・祝) せんだい演劇工房10-BOX box-1
タイムテーブル等の詳細は下記リンクよりご覧ください。