ゲッコーパレード 演劇映像『ファウスト』インタビュー

埼玉県蕨市の民家・旧加藤家住宅を拠点に活動を展開するゲッコーパレード。コロナ禍で公演ができないことへの対応として多くの劇団がオンラインでの作品発表を選択するなか、ゲッコーパレードは「コロナ禍のお見舞い申し上げます」と書かれたハガキを「観客」に送りつけることをもって自分たちの「作品」とした。さらにこの9月には、オンラインを中心とした開催が決定された山形ビエンナーレに参加し、「演劇映像」と冠した『ファウスト』を発表することになっている。ゲッコーパレードの考える演劇とは何なのか。演出家の黒田瑞仁、俳優の河原舞と崎田ゆかり、美術家の柴田彩芳に話を聞いた。

黒田  ゲッコーパレードは9月の山形ビエンナーレまでの間に公演の予定があったわけではなかったんですけど、いつまで作品がつくれないのか、いつになったら次の計画が立てられるのかもわからない状況で、どうしようか話をしていました。コロナ禍がいつまで続くかわからないから、少なくとも考える必要はあるだろうということになって、最初に話題に挙がったのは映像作品をつくることでした。
僕がダンス系のオンラインセッションを見ていて面白い瞬間があったんです。参加者の一人が画面いっぱいに映し出されてカレーを食べる場面があったんですけど、僕はそれを家のテレビでいたので、知らない人が自分の家の居間で勝手に食事をしているように見えた。配信している作り手の意図とは違った出来事と思うんですけど、映像作品で生活にサプライズを持ち込めないかといくつか提案をしました。でも、映像という形は特に俳優の二人は乗り気じゃなくて、僕の方からも抵抗感を覆せる作品の案は出せなかった。絶対に何かをやらないといけない状況でもなかったので、話は前に進まず。
それとは別に冗談として、「コロナ見舞い」をお客さんに送るのはどうかみたいな話は出てました。ゲッコーパレードは毎年、アンケートに住所を書いてくれたお客さんに年賀状と暑中見舞いを送っているんですが、今年はそれをコロナ見舞いにすればいいじゃないかと。そのときはそれはさすがに不謹慎だという話になって流れたんですけど。
その後しばらく僕が案を出しては却下されるという状況が続きました。そうするうちに、僕は段々と自粛生活にも飽きてきました。僕はクリエイションのために行っていたタイから3月の半ばに帰ったあと、2週間は自宅待機しようと思って家にいるうちに日本でも緊急事態宣言が出され、結局3月からずっと家に篭っていたんです。最初のうちは、家にずっといることがなんだか面白かった。籠ること自体が非日常で、どうやって過ごすかということを工夫をするのが結構チャレンジングだった。でもさすがに5月くらいになるとその状況にも飽きてくる。だけどそれで非日常としてではない、「日常としてのコロナ禍」が見えたぞと思ったんです。
僕は演劇を日常へのカウンター、つまり「ケ」に対する「ハレ」みたいなものだと思っています。自粛という日常に、自分たちがどうカウンターを食らわせられるのかを考えようと思いました。皆が感じているコロナ禍の日常に風穴を開けたい。お客さんの気分を変えるために「これはなんだろう」というものが届く作品を提案しました。それも1枚じゃなくて複数枚届く。「コロナ禍のお見舞い申し上げます」と書かれた1枚目が届いた時点では受け取った人はそれで終わりかと思うんですけど、同じ文句が別の形で書かれた2枚目が届くことで、もっとあるかもしれないと思わせる。実際に3枚目まで送りました。そこに1週間なり2週間なりの「上演時間」という非日常が発生すると思ったんです。作品をつくるときはいつも、観客の身体性みたいなものを考えています。観客が劇場でふかふかの椅子に座って俳優は舞台上にいる。それを固定された関係だと思ってしまうことから生まれる観客の安心感は勿体無いと思っていて、それを覆したい。俳優も観客も同じ劇場空間にいるんだから、もしかしたら俳優が舞台から降りてきて触ってくるかもしれない。演劇は観客と俳優という人間同士がお互いを意識しあうことで起きる体験なんだという考えが今回のハガキ作品につながっています。

「無題」2020, 郵送
「無題」2020, 郵送

崎田  黒田の提案を聞いて、ハガキという形式なら作り手としても受取手としてもある実感が持てると思って、この作品をやることに賛成しました。今の時代、大抵の連絡はメールやLINEで済ませてしまうので、手書きの郵便物が届くということ自体が少ないですよね。さらにコロナ禍でオンライン化が進んで、実際に人に会う機会も減っている。そういう状況下で、モノが実際に届くということが重要だと思ったんです。もちろん、俳優の技術を使ったりはしないんですけど、映像越しに遠くの演技を見るということより、手書きのハガキが届くということの方が、劇場に行ってその場で体験すること、つまり人間を感じるということにより近いんじゃないかという予感がして、それだったらやってみようと思えた。

河原  ゲッコーパレードは劇場ではないところで上演することが多いこともあって、常にお客さんと自分たちがどんな関係を持つのか、どう対立していくのかを意識して演劇作品を作ってます。この関係性を考えることは、俳優として演劇をする上で重要な要素の一つです。でも、映像で作品をつくることになると、お客さんとお互いに向き合って、その場の空気を感じることができないので関係の持ち方が想定しづらく、明確なビジョンが見つけられなかったのですが、ハガキの一枚一枚に宛名として誰々という名前を書いていく行為なら、舞台でひとりひとりのお客さんに意識を向けることと近いんじゃないか。ハガキ作品の提案には、そういう納得感がありました。

柴田  私は演劇の面白さというのは視覚的な部分ではないところにあると思っているので、ビジュアルのウェイトが大きくなる映像作品をつくることには賛成していませんでした。でも、ハガキの作品はモノが届いたそのときに演劇で得られる体感のようなものが生まれるんじゃないかと思えて、それは面白そうだと思ったんです。

黒田  ただし今回のようにハガキを送って受け取って、というやりとりでは、お客さんの反応はわかりません。それでもこちらが予期しない形でリアクションが返ってくることもありました。「コロナ見舞いありがとうございました」みたいなリアクションをハガキで返してくれた方が何人かいて、あとは一筆添えた現金書留でゲッコーパレードへのカンパを送ってくださった方もいました。一番驚いたのは海水と砂を詰めた瓶の入った小包が届いたことですね。送り元を見たら以前お邪魔したことのある隠岐諸島の方からで「返答で海が届いた!」と興奮しました。でもそれで終わりじゃなくて、また小包が届いたんです。今度は神社でお清めした塩が入っていて、びっくりさせるつもりが、逆にびっくりさせられました。

——  山形ビエンナーレで発表する『ファウスト』には「演劇映像」と冠されています。一度はなしになった映像での作品発表という形式を改めて選択するに至った経緯はどのようなものだったのでしょうか?

黒田  山形ビエンナーレには2018年にも参加させていただいて『リンドバークたちの飛行』という作品を上演しました。展示会場になっていた大学のギャラリーからスタートして大学のキャンパスに上演の範囲が広がっていく移動演劇でした。そこで「今年も似た形式で別の作品を」というオファーをいただいていたんです。去年、ゲッコーパレードの本拠地である旧加藤家住宅で上演した『ファウスト』を別バージョンで上演するつもりでいたんですけど、山形ビエンナーレ自体が、今年はコロナ禍のためにお客さんが会場に行くような形ではなくオンラインを中心に開催することになりました。じゃあ「演劇」はどうなるんだろうとなりました。
またハガキや何かモノを送るのかみたいな話も出たんですけど、美術系の人たちのなかで、演劇を専門とする我々がわざわざモノを扱うこともないというのが、柴田の意見でした。それから山形ビエンナーレはアートに関心のない方にも開かれた芸術祭なので、演劇に全く関心のないような方にも俳優の演技を届けたかった。
それで結局、舞台の記録配信やZoom演劇や物語映画とは違う、映像を使うことでしか成立しない演劇作品をつくろうということになりました。ここまで散々、映像で演劇作品をやるのはどうかみたいな話をしてるんで自分たちでハードル上げてるんですけど……。

山形ビエンナーレ2018『リンドバークたちの飛行』
山形ビエンナーレ2018『リンドバークたちの飛行』2018, 東北芸術工科大学(撮影:根岸功)

河原  Zoom演劇や演劇を記録映像のように撮るということよりも、そもそも映像の作品をつくるつもりで取り組んだ方がいいのではという話になったんです。芸術祭側からはライブ配信みたいなこともご提案いただきました。たしかに画面の向こうにわかりやすくリアルタイムで演じている人がいて、それを観るという演劇の形はあるのかもしれないけど、それだとどこかで「本当は生で見たい/見てもらいたい」という気持ちになると思いました。それはもったいないですよね。

黒田  演劇は、観る人はよく観に行くけど行かない人は全然行かないという傾向の強いジャンルだと思うんです。最初に出会う演劇が面白くなかったからそれから演劇嫌いになったという話もよく聞きますし。せっかく美術系の人たちの中に呼んでいただいて唯一の演劇の作り手として何かをやるんだから、演劇のいいところを見せたいし面白いと思ってほしい。だったら、演劇っぽい形式にこだわるより、演劇の要素をバラバラにして映像用に組み直してでも面白いものを作るということに注力して、見た人に「演劇ってこういう面白さなんだ」と思ってもらえるのが一番いいんと思ったんです。
それで2018年にゲッコーパレードを山形ビエンナーレに呼んでくれた石原葉さんと、今年はどう参加するかということを話していたときに、地方芸術祭では、その土地に来てもらってその土地を経験してもらいたい、そのことに意味があるという話が出ました。今年はオンライン中心の開催になってしまって形は変わるけど、観客を入れない展示会場を作るという話も聞きました。
それで、実在していても今年は訪れることが叶わない山形の土地とか、同じく実在するけど直接は足を運べない展示会場という実感できない現実をどう実感してもらえるかやってみたい、あるいは実感のできなさを共有したいと思ったんです。それなら、観客と俳優が共有する空間や場について考えてきたゲッコーパレードがやる意味を見いだせるんじゃないかと思いました。
ゲッコーパレードでは2017年に「絵画上演」という公演をやっています。美術家の柴田がコンセプトを立てて、演劇チームが実行するという公演でした。見た目は演劇なんですけど、意味としてはあくまで絵画作品だった。筆や絵具を使って絵画が目指していることを、演劇の言葉や身体、演技で構成したものを「絵画上演」と銘打って発表したわけです。今回は逆に、演劇が目指していることを映像という媒体を使って実現します。

絵画上演no.1『とにかく絵の具を大量にかけるでしょう。そしたらあなたは目撃する。それが何であったかを。あなたと私が昔から、必ず線を引いてきたって事も。』2017, 旧加藤家住宅 (撮影:瀬尾憲司)
絵画上演no.1『とにかく絵の具を大量にかけるでしょう。そしたらあなたは目撃する。それが何であったかを。あなたと私が昔から、必ず線を引いてきたって事も。』2017, 旧加藤家住宅 (撮影:瀬尾憲司)

2019年に蕨のテレビ局と番組を作った経験も今回に活きています。蕨にはクルド人の方が多く住んでいて、彼らがトルコ国内で経験した虐殺の歴史を題材にした短編文学をゲッコーパレードの俳優が朗読する番組を作りました。最初は朗読番組ということで作りはじめたんですけど、完成した動画を見るといわゆる「朗読」とは呼べないものになっていた。映像なので、何回再生しても同じことが起こるんですけど、どこか一回きりの緊張感が伝わってくる、演劇に通じるような生々しさのあるものが出来上がったんです。その経験をふまえて、映像を通じても演劇がつくる「場」が届くことはあり得るなと思えた。

崎田  コロナ禍でお客さんは会場には行けないんですけど、私たちは実際に現地に行って撮影をします。そういう意味で私たちがいる場所とお客さんがいる場所には距離があるんですけど、その距離に思いを馳せることはできる。逆に距離があることで広がる想像があると思うんです。山形という土地とか、『ファウスト』という物語とか、自分の中の記憶とか、映像を媒介にしていろいろなものに思いをめぐらせて、それによって山形に行くことに負けないくらいの旅ができる。そこで生まれる体験は、Zoom演劇とも、劇場で同じ空気を共有することともまた別の、深くて広がりのある心の体験になるのではないか。そういう作品になればいいなと思っています。

戯曲の棲む家vol.9『ファウスト』2019, 旧加藤家住宅 (撮影:瀬尾憲司)
戯曲の棲む家vol.9『ファウスト』2019, 旧加藤家住宅 (撮影:瀬尾憲司)

黒田  作品はいくつかの映像からなる予定です。まず題材として歴史ある山形、現代社会としての山形、観客が知っている土地としての山形、観客が訪れたことのない山形、芸術祭が行われる山形といった風にそれぞれ取り上げるものが違います。そこに演劇の別々のエッセンスをぶつける。演劇にもいろいろな要素がありますよね。俳優の演技だったり物語だったり。そういう個々の要素をバラバラにして山形と組み合わせて映像でつなぐことで、かえって一つ一つのよさが伝わるんじゃないかと思うんです。
3つの映像を時期をずらして公開するんですけど、お客さんの全員がすべての映像を見るともかぎらないと思うので、一つの映像でも独立して見られるものにもなっています。逆に言えば明確な続きものという形にはなっていません。9月5日のビエンナーレ初日に1本目が公開されて、そこから随時2本目3本目が公開されていきます。
いまは山形や展示会場という場所と『ファウスト』という戯曲、作品のコンセプトの三角形を考えて、意味のある作品になるよう創作中です。

公演情報

みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2020
ゲッコーパレード 演劇映像 『ファウスト』

原作:J.W.ゲーテ
翻訳:手塚富雄(第二幕のみ)
演出:黒田瑞仁
撮影・編集:飯名尚人
出演:崎田ゆかり、河原舞、永山香月
衣装:YUMIKA MORI
コンセプト:石原葉

日程:山形ビエンナーレ会期中(9月5日(土)– 27日(日))
第一幕 夜:2020年9月5日(土)公開。期間中常時視聴可。
第二幕 窓:2020年9月11日(土)公開。期間中常時視聴可。
第三幕 足:2020年9月18日(土)から配信。
配信スケジュールなどの詳細は下記リンクをご覧ください。

山形ビエンナーレプログラムページ
https://biennale.tuad.ac.jp/program/229

視聴URL
https://www.youtube.com/watch?v=vMVyXfRUo3o

ゲッコーパレードホームページ
https://geckoparade.com/

関連トークイベント

山形ビエンナーレ 藻が湖大学 トーク編 クロストーク

聞き手:三瀬夏之介、宮本晶朗
ゲスト:黒田瑞仁(ゲッコーパレード)、石原葉

日程:2020年9月6日(日)14:00-16:00
詳細、配信URLは下記リンクを御覧ください

https://biennale.tuad.ac.jp/program/211

関連情報

柴田彩芳個展「瞬きすると見える」
日程:10月10日(土)~11月1日(日) 10:00~18:00
土日祝開廊、水曜日のみアポイント制で開廊
会場:gallery kazane

https://www.gallery-kazane.tokyo/

Interviewed by
山﨑 健太
山﨑 健太
@yamakenta