地点『君の庭』インタビュー

9月の京都・豊橋公演を終えいよいよ10月1日(木)から神奈川公演がはじまった地点『君の庭』。本作では公演会場ごとに別バージョンのオンライン版も配信されるなど様々な新しい試みもなされている。天皇制をテーマに掲げ「告発劇」と銘打たれた本作はどんな作品になったのか。演出の三浦基に聞いた。

▼オンラインと劇場と

三浦 コロナ禍でずっと本番もやっていなかったので、公演をやってお客さんが来てくれたので安心しました。天皇制という非常にデリケートな材料にも関わらず、お客さんがクスクス笑ってくれるところもあって、予想外にエンタメになったのかなと。

—— 今回の公演には劇場版とオンライン版の2つのバージョンが用意されています。

三浦 今回、オンライン版の配信を決めたのは、公演の時期にどういう状況になっているかが全然予想できなかったんで、最悪の場合劇場で上演ができなくても作品を発表できるようにと思ったんです。でも幸い、とりあえずお客さんが劇場に来られる状態にはなり、劇場版と両方発表できてほっとしています。
オンライン版を見た人と劇場版を見た人はもちろん印象が全然違うはず。両方見ることで補完的に楽しめる、それが狙いの一つだったんですね。もちろん、こういう状況で劇場に来るのも大変だろうから、配信だけでも気軽に見てもらえればということもあるんですけど。そういう意味では地点の入門編でもあります。

地点『君の庭』
『君の庭』(撮影:松見拓也)

—— オンライン版は劇場版の初日を中継したものになるんでしょうか?

三浦 事前に収録したものです。映像は、情報をできるだけ多く詰め込むというコンセプトで作りました。たとえば字幕を出すとか、Zoomの画面みたいなものを出すとか。舞台中継をただ流すのではない形の方がむしろ作品のリアリティが伝わるんじゃないかなと。オンライン版は映像作品。画角とかパンの仕方とか見方が決められちゃうんで、そういう意味では他の観客と一緒に劇場で見てる感じとはちょっと違う。
実は、オンライン版では画面に登場する窪田史恵は、劇場版では姿を見せないんですね。もともとは2人ぐらいしか劇場にいないで他は自宅からやろうかって大真面目に話してたくらい。緊急事態宣言下で、本当に集まって稽古できるのかというときに構想を立てていたので、最初からそういうコンセプトでやっていました。稽古もずっとマスクしたままで、人と人が触れ合うことはまずないし、向かい合ってしゃべることもしていない。映像云々抜きに、ものすごい制約の中で作ったことは確かです。

—— いつも通りの稽古はできなかった?

三浦 やってないです。ほとんど本読み。作り方もいつもと全然違いますね。キャッチボールみたいな感じ。まだ本気出せないんで(笑)演劇的要素のあるリーディングみたいな。
劇場で見ると、ピンマイクで声にエフェクトがかかってる人と生声でしゃべってる人がいて、さらに録音にかぶせてしゃべったり、音楽的なバリエーションがものすごいある。劇場版では聴覚に訴えるということを気にして作ったわけです。
だから今回は、録音やマイクの声とどう付き合うかということが俳優にとってはかなり負荷になってる。今回は全部録音だし楽しようって冗談で言ってたんだけど、録音と合わせたりするのはいつもの集中の仕方とはちょっと違う。録音はミスしないんですよ。裏切らない。絶対に同じタイミングで出てくるんで、それに生の人たちが合わせるっていうのがけっこうストレスかかるみたい。

地点『君の庭』
『君の庭』(撮影:松見拓也)

—— 作品の作り方もそうですが、公演の宣伝の方法もこれまでと大きく変わっています。

三浦 チラシを作ったり置きチラシをしたり、劇場に来る人たちに向けて紙媒体で宣伝する古典的な手法ってのは意外と馬鹿にできない。でも今回は明らかに劇場に足を運んでもらえるような状況にないだろうと想像したときに、宣伝の仕方も予算の使い方も考えなきゃいけないわけです。みんなステイホームしてるだろうから、新しい宣伝の仕方をしないと、たぶん意味がない。そういうことは初期の段階で相当話し合いました。
たとえばデザイナーの松本さんは今回ビジュアルイメージだけを考えて、それをどうデザインして使うかは個々の劇場に任せたわけです。完成された1枚の絵を提供するんじゃなくてコンテンツを提供していこうという考え方。あるいは稽古場一行日誌という形で俳優の作業を伝えたり、僕の演出日記も音声だけで伝えてみたり。

—— 制作の田嶋さんとしてはいかがでしたか?

田嶋 どういう形で宣伝していくかを話し合ってた時期が、緊急事態宣言中だったんです。それでZoomとかを使うことになったおかげで、ある意味大勢が一気に集まることができた。宣伝会議には俳優も参加したし、もちろん制作の私と三浦、デザイナーの松本久木さんと、映像で関わることが決まってた松見拓也さんも参加して。普段だったらこんなに大勢で考えないんだけど、緊急事態宣言中だったからこそ大勢で話し合いができて、その中でいろいろなアイディアが出てきたということはありました。

地点『君の庭』
『君の庭』(撮影:松見拓也)

▼天皇制とシェイクスピア劇

三浦 これまで松原戯曲は、震災とか、放射性廃棄物とか、そういう大きなテーマを掲げてやってきて、ずいぶん書ききったという話を松原くんとしたんです。じゃあ次のテーマはと話してるうちに、やっぱり天皇制が地味だけど大きな問題としてあるよなという話になりました。これまでの戯曲でも『正面に気をつけろ』は英霊の話で、天皇制を扱ったりもしていたんですが、今回ど真ん中いってみるかと。
松原くんはすごい勉強家だし、やっぱりデリケートな問題ではあるから、いっぱい勉強したみたい。お客さんと一緒に本番を見ていて思ったんですけど、右左どっちの立場からも批判しにくい作品になってる。そういう器用なバランスの取り方になっているのは勉強の成果なのかもしれないと思います。今回、日本全国の方言をちりばめて台詞を言うという今までやったことないことをやっているので、そういう意味では、上演を見るより元の戯曲を読んだ方が直接的な印象は持たれるかもしれないですけど。

地点『君の庭』
『君の庭』(撮影:松見拓也)

—— あの方言を使ったセリフはどうやって作られていったんでしょうか。

三浦 もう本当にいかさまで、一つの文章の中に北から南まで、アイヌから沖縄まで全部入れてしまえみたいなことをやっているんです。俳優の1人が自動翻訳みたいなサイトを見つけて、じゃあいま栃木で言ってとかいま福島にしてみてとか、遊びながらやっていました。

—— 天皇制というデリケートな問題を扱うにあたって、批判が来るかもしれないということは考えましたか。

三浦 あんまり考えなかった。明らかなイデオロギーとか、政治的メッセージとかが前提にある表現があるじゃないですか。反なんとかっていうような。そういうものだったら当然、批判が来ることをある程度予測しないといけないとは思うんだけど、今回はそういう心配は起こらないだろうなと思いながら作ってました。もっと言えば、みんな天皇制にそれほど関心ないだろうなと思って作った。

—— 『君の庭』は「告発劇」と銘打たれていますが、そのニュアンスは?

三浦 フィクションなんですけど、天皇の娘が一般庶民になるということがドラマの根幹にあります。それで、日本の象徴天皇制というものはどうだったのかと娘が告発しているという設定になってる。そういう意味で告発劇。

地点『君の庭』
『君の庭』(撮影:松見拓也)

—— 何が告発されているのか、見ていてわからなくなっていくような印象もあります。

三浦 そこがやっぱり日本人論に繋がっていくのかなと思いましたね。シェイクスピアを見てると、たとえばリア王に感情移入するわけですよ。裏切ったり裏切られたりして苦悩する王様の姿に感情移入してそれを見るんだよね。『ロミオとジュリエット』とかでも、そういう特権階級にある人に感情移入して見る。
それで今回の場合、天皇に感情移入して見るのかってなったときに、天皇はまだ生きている人間なわけです。そういう意味で、シェイクスピアの王様劇と設定は似ているんだけどちょっと違う。
そうなると問題はどこにあるのかというと、天皇制というものにみんな実はそんなに関心を持っていないというそのこと自体が告発できるのかなと思ったんだよね。象徴天皇制ってなんだっけみたいな。そこにはもちろん歴史認識とか、いろいろ関わってくるんだけど、単にヒーロー/ヒロインが苦悩している劇にはならないことが面白く感じた。
翻ってシェイクスピアに思いを馳せると、当時はシェイクスピア劇団というのは国の劇団だから、王様とか女王本人が見てる。そうすると観客は感情移入するだけでなくて批評性みたいなものも当然感じていたと思うんです。観客自身が自分の立場というものを、いろいろ考えながら見てたんだろうなっていう。これは想像の範囲ですけどね。
そういう意味では今回は松原戯曲の中でも特異な戯曲だとは思う。シェイクスピア的な戯曲の構造を持っている。いつもは市井の人々とか名もなき人の、サラリーマンや作業員の反抗や反逆みたいな部分があるんだけど、今回は全く違う側の立場を彼が書いた。それが松原戯曲的には新しい展開だったなという気がします。

地点『君の庭』
『君の庭』(撮影:松見拓也)

公演情報

地点『君の庭』 神奈川公演

作:松原俊太郎
演出: 三浦基
出演:安部聡子、石田大、小河原康二、窪田史恵、小林洋平、田中祐気

劇場版 : 10月1日(木)― 10月11日(日) KAAT神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉
オンライン版 配信日程:10月1日(木)19:30 ― 10月18日(日)23:59

詳細は下記リンクよりご覧ください。

http://chiten.org/next/archives/75

Interviewed by
山﨑 健太
山﨑 健太
@yamakenta